●清らかな魂の天使はいずこ
一八六〇年代のロシアの地方都市に暮らす父親フョードルは財を築き、美女・グルーシェニカと酒に溺れて暮らしている。長男ドミートリーは父親ゆずりの放蕩者で父親が夢中になっているグルーシェニカに執心し許嫁を放り出してしまう。父親を殺したいほど憎む半面、高潔な精神を持つ。次男イワンは父親と同様に人を蔑視し神を否定し兄ドミートリーの許嫁カテリーナに激しい思慕を抱く。三男アリョーシャは心優しく、愛の教えを説くゾシマ長老を尊敬している。彼は父親をはじめ誰からも愛されているがカラマーゾフの血が流れていることを強く意識している。読者は父親フョードルの殺害犯を捜しつつ、厖大な小説の世界に迷いこむ。カラマーゾフ家の料理人スメルジャコフはフョードルが白痴女に産ませた子で癲癇の病を持つ。まわりから差別されているので父フョードルを憎む気持ちが強い。グルーシェニカはフョードルと組んで悪事を企み、自分に夢中になっている父親と息子を手玉に取る。スメルジャコフはイワンにそそのかされて父親を殺害。判決の前日、彼はイワンを訪ね、結局、父親を殺したのはあなただ、と言い残し自殺する。公判の席で、証人のイワンは「わたしがスメルジャコフをそそのかし殺させた」と叫ぶ。
[メッセージ]
『カラマーゾフの兄弟』は、すべての年代の人々が各々の人生体験で理解し味わえる作品。それが古典といわれる理由でしょう。かなりの長編作品だけれど、カラマーゾフ家の父親の殺害事件をめぐる犯人を探しながら容易に読み進んでいくことができます。私たちはお金を全く無視して生きていくわけにはいきません。上手につきあっていくしか道はないでしょう。カラマーゾフ家の人々は父親の遺産問題から罪深いドラマにはまりこみ、物語は一層混沌としてきます。金銭が人の欲望と複雑に絡んだとき、悲劇が生まれるとドストエフスキーはいいたかったのではないでしょうか。諸悪の根源は金銭にあるので、地獄の深みにはまらず生きていかなければなりません。ゾシマ長老とイワンの間でたたかわされるキリスト教と無神論の対話はこの小説の核であり難解な部分でもありますが読み進んでいくうちにみえてくるものがあります。不朽の名作物語の中で光を探してください。奇蹟と神秘に出会えるかもしれません。
(こやま峰子『10代をよりよく生きる読書案内 海外編』 東京書籍)
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